今回の修理車両は1000MKII。エンジン、足廻りと一通り全てカスタム化されています。入庫のきっかけとなったのはギアを1速に入れ、クラッチを繋いでも全く走る事が出来なくなったと言うものだが、チェックするとそれ自体は緩んだスプロケットナットが外れスプロケット自体が脱落した事が原因だった。ところがエンジンをかけてみると明らかな異音が発生しており音種からしてカムチェーンライン上に大きな異常が発生していると判断しオーナーと話し合った結果腰上をチェックしていく事になった。
●まずはカムカバーを外してみる。この時点で明らかな異常があった。ご覧の通りカムホルダーボルトにサイズ違いの物が入り交じって使われている。このような場合本来のネジ山を壊してしまいその後適正な修復をせずに無理矢理サイズ・ピッチ違いのボルトで締められている事が多く、締め付けトルクを確認すると案の定全く適正トルクがかからない状態だった。万が一ボルトが抜けホルダーを押さえつける事が出来なくなると大惨事になる恐れがあるため気をつけたいところだ。
●バルブタイミングもずれた状態。使用しているカムがSTDな為この程度のずれであればヒットはしていないだろう。また引き抜かれたカムホルダーボルトはご覧のような状態。
●次に清掃を兼ねオイルパンを取り外す。残留物によっては破損している箇所を特定する目安にもなる。
●オイルパン内部の汚れ方は標準的なものだったが、やはりそこにはトラブルシュートの手がかりになるものが残されていた。
●オイルパン内部の残留物をふるいにかけ洗浄後検証。細かく砕かれた樹脂のようなものとチェーンスライダーが破断したかけらが分かる。
●さらに、それらに混じり金属片も発見された。一部は折れたスライダーが砕かれた破片と思えるが、一部に同じ金属片ながらスプリング系の破片と思えるものがあった。
●シリンダーヘッドを取り外し顔を覗かすワイセコ76φピストン。従って排気量は約1200ccまで上げられている。テンショナーローラーの状態を見て欲しい。ローラーとしての機能は全く果たせないほど劣化している。これでは本来の役目は果たせないばかりか、後少しでローラー自体が粉砕されエンジンの中を駆け巡る事となったはずだ。ちなみに適正なテンションがかけられていたのならこのような劣化の仕方はまずない。
●根元からぷっつり破断したチェーンスライダー。 ●シリンダーブロックを外す。
●ワイセコ製鍛造76φピストン。 ●シリンダーブロック下に残ったチェーンスライダー。
●引き抜かれたシリンダーブロック。76φともなるとSTDと比較して一目で大径になっているのが分かる。 ●スリーブ内を覗く。スカート周辺のあたりは若干強いがそれほどひどい縦傷等もなく、これから寸法のチェック。
●シリンダーボアゲージとマイクロゲージを使いシリンダーの各部寸法及びピストン径に対してのクリアランスを測定する。
●ご覧のように76φ用スリーブともなるとシリンダーブロック側も各部がかなり厳しい状態に。シリンダーブロックの個体差によってはブロック自体のボーリング時にブロック側に穴があいてしまう場合もあるので注意したい。
●バルブ周りはスプリングも含めSTD。大きな異常はなかったが当たり幅がかなり広くなっていた為シートカットを施すことにした。
●オイル下がりの傾向が若干見られたためヘッド、ガイド間からのリークも疑う。この部分からリークが発生していた場合どんなにステムシールを交換しても症状の改善は見られない。
●浸透液タイプの試験剤を使用しヘッドとガイド間のリークをチェック。タペットホール側に見える赤い液が浸透液。ポート内に白い現像液をスプレーし漏れが発生している場合はその箇所が赤くなる。
●プッシュロッドをホールドする為のガイド穴周辺がなぜか欠けている。実用上問題は出ないがクラッチの操作フィーリングに違いが出るかもしれない。
●オフセットスプロケットを長年使用していたため外部からベアリングの破損等をチェック。アウトプットシャフトを動かしてみると通常よりもスラスト方向へのガタが大きい。
●クランクエンドシールの圧入が正しい位置になく、オイル漏れが発生している。液体パッキンで応急処置がなされているが根本解決にはならない。
●続いて腰下を開ける。
●案の定オイルパン残留物の中に紛れていたスプリングの破片らしきものはクラッチハブダンパースプリングが破断したものだった。この状態ではダンパー機能を果たさないばかりか破断したスプリングがミッションケース内を暴れ回る厄介な事になる可能性が高い。当然このクラッチハブはリビルトにて対処する。
●アウトプットシャフト側(ニードルベアリング側)の位置決めノックピンがなぜか陥没していた。結構これを引き抜くのは大変。以前クランクケースの開け閉めが行われた際位置決め穴がずれた状態に気付かずそのままケースを閉めようとしたのかも知れない。
●シートカット作業の終わったヘッドの組み付けに入る。
●組付けを待つクランクアッパーケース。 ●修復されたノックピン。
●クランクは洗浄後、センター及び各サイドスラスト等のチェック後組み付け。
●新たに組まれる腰下パーツ群。消耗品であるベアリング類は勿論、ドッグの摩耗が激しかったギアも交換。クラッチハブもリビルト済。
●主な腰下パーツがセットされたアッパーケース。トランスミッション各部のクリアランスも適正化。画像がちょいと綺麗なのは別の照明をあてて撮影したため。
●アッパーケースにセットされたクランク。そこから顔を覗かせるコンロッド。
●ロアケースを重ねアッパーケースと締結。
●シリンダースタッドのヘッド側ネジ山に痛みが見られたため純正新品スタッドボルトに交換。
●ピストンは再利用。リングのみ新品に交換した。
●あたりの強かった部分の修正を中心にホーニング処理を施したシリンダー。
●シリンダーブロックが組付けられた。カーボン等を完全に除去したピストンヘッドが美しい。
●組付けの終了したシリンダーヘッドを載せる。ヘッドガスケットは2分割タイプとしセンターカムチェーンOリングを入れた仕様。
●STDカムに変わりST1カムをチョイス。組み付け後タペットクリアランス調整。問題のあったカムホルダーボルト穴は全て修復しヘリサート加工。トップアイドラーギアASSYも純正新品に。
●組み上がったエンジンを車体に搭載。各配管、配線を。
●キャブレター、マフラーを取付けエンジン始動。ガラガラと不機嫌そうな音を立てていたエンジンはウソのように静かにアイドリングを打ち始めた。パワー感、シフトフィーリングも明らかに向上しチョイスしたST1カムも手伝って別物のエンジンに生まれ変わった。