一見マフラーを含めほぼフルノーマル状態の750FX1。御存じの通りMKIIとは兄弟関係。オーナーもまだこの車輌を入手したばかりだったが異常な白煙や加速不良、エンジンからの異音等が気になり、まずはZドック入りした。一連のチェック項目をすすめていく内に圧縮やリークダウンテスト等で異常な値が確認された。オーナーに結果を伝えたところ、永く安心して乗りたいのでエンジンはしっかりとやっておきたいとの意向を受けまずは状態を知るためにも腰上から分解にかかった。
●一見フルノーマルに見える車輌。アンコ抜きとプラグコードくらいが変更点に見える。 ●タンクを外し、まずはヘッドカバーを開けてみる。やっぱりノーマル・・・のはず。
●あれ?シムがない?外観からノーマルだとてっきり思っていたらインナーシム化されている。でもカムはノーマル。なぜ? ●カムシャフトを外してみる。インナーシムには間違いないが、ん〜?なんかおかしくない?
●写真では分かりづらいと思うがリフターの頭頂部が磨耗し擂り鉢状の凹型に変型してしまっている。通常は当然フラットでもっと光っているのだが中央部が窪んだ状態でカム山に叩かれ続けているため縦横無尽に傷が走っている。これではきちんとしたタペットクリアランスもとれない。このような現象にはまずお目にかかる事はないが、一体何があったのだろう? ●リフターを引き抜いてみる。通常マグネットをあて真直ぐに引き上げるとスルっと引き抜けるのだが、リフター自体が変型しているせいか簡単に抜けなかった。ここではっきりと確認できると思うが、ヘッド側にハイリフトカム使用前提のカムノーズ逃げ加工が施してある、と思いきや加工されていない場所もある。なんで?途中でチューニングを諦めたのだろうか・・・
良く見るとリテーナーも純正ではない。この時点ではっきりとしたのは、以前なんらかのチューニングを前提で組まれたヘッドだと言う事。ノーマルカム使用が前提であればここまでの仕様変更は必要ないはずだ。あれ?ところでシムはどこ??
●リテーナーの違いは既に述べたが、同じインナーシムでも一般的に使用されるものとは違っている。手にとった小さなシムに注目。バルブステムエンド部が細くなり、そこへ帽子をかぶせるようにシムを装着するタイプ。通常はリテーナ−中央部にシムが収まるタイプが一般的。
●コッターも専用品。 ●ステム径もオリジナルより細い。当時モリワキチューン等で採用された手法。当然バルブガイドも専用サイズとなる。
●バルブスプリングもノンオリジナル。 ●インテークバルブに積もり積もったデポジット。
●写真では分かりづらいがスプリングシートの外径がオリジナルより小さくなっている。
●なんとバルブステムシールが入っていない!!!どうりでオイル下がりによる白煙が多かったわけだ。インテークバルブに積もった多量のデポジットもこれで説明がつく。バルブガイドトップをシャープに尖らせてオイル下がりを極力防ぎステムシールを省くことによりフリクションの低減と超ハイリフトカム使用時にステムシールへの干渉をさけるために当時レース等で使われた手法。しかし、常識レベルでのハイカム使用であればそのような加工は必要ない。ストリートにおける耐久性やオイル消費を考えた場合ステムシールは省くべきではないと思う。ましてや何度も言うがこのヘッドに使用されていたのはノーマルカム。 ●何層にも焼き重ねられたカーボンデポジット。思っていたよりもドライな状態だ。
●シリンダーヘッドを取り外しピストンシリンダーを覗く。ピストン頭頂部の状態から個々のシリンダーで燃焼状態にばらつきがあった事が分かる。スキッシュエリアにあたる部分のガスケット側にもカーボンがへばりついている。おっと!! 想像はしていたが、ピストンもやはりノーマルではないようだ。写真にはないがスリーブも手で押せばにゅるっと出てきてしまう程緩んでいた。写真を撮り忘れてしまったがアイドラ−ギアやテンショナ−ローラー類等も壊滅状態だった。 ●シリンダーが外された腰下。
●やっぱり!!!!! 想像はしていたがノーマルピストンではない。これは当時のモリワキ製860ccピストンだ。ピストンリングに注目して欲しい。トップとオイルリングだけで構成される2本リングスタイル。少しでもフリクションを減らすための配慮だが、これもストリート仕様を前提とした場合、オイル消費率等の面で不利になる。 ●ピストンピンもピストンと固着しておりなかなか抜けなかった。
●外されたオイルパン底部。いくつかの金属破片と乳化したオイルがたまっている。オイル管理に問題があったのかもしれない。 ●分解されたロアケース。
エンジンを分解していく中で解ってきたことは、当時組まれた、もしくは当時のチューニングパーツを使用して組み込まれたエンジンだと言う事。但し耐久性を考えストリートでの使用を前提としたエンジンではないということだ。また、ヘッドの仕様を考察する限り得にバルブトレイン系等は高回転ハイリフトカム仕様の前提だが、それに必要と思われるカムノーズ逃げ加工やポート加工がきちんと施されておらず、もしかするとチューニング途中でメニュー変更を行ったのかもしれない。今回以上のような内容をオーナーに伝えたところ、ストリートでの使用を前提に安心かつMKIIにでもついていけるようなパワーを与えたいとの要望がありOHと同時に以下の仕様としてエンジンを組み直した。ちなみに現オーナーはノーマルだと思って購入したようだ。
●クランクの状態は良好。芯だしのみでOK。リビルトされたクラッチバスケットとミッションが組み込まれる。クランクのメインベアリング部もクロモリスタッド式に。 ●これは真ん中でクランクシャフトを押さえるためのクランクホルダー。部品製造時、ラインボーリング処理時に出来たバリも綺麗に取ります。量産エンジンには結構こう言ったバリが残っていたりします。直接性能に影響する事は少ないものですが気分の良いものではありませんよね。
●これも綺麗にエッジ処理されたシフトドラムとフォーク。 ●完成した腰下。オーナーの希望でキックシャフトは残されました。たまにはキックでエンジン始動したい気持ち、良く分かります。
●今回チョイスされた72mmワイセコ鍛造ピストン。但しショートストローククランク仕様なので1000J用を使う。ピストンピンハイトが同一だからだ。排気量は約945ccとなる。 ●ピストンのバリやエッジも綺麗に。
●コンロッドに組み込まれたピストン達。仲良く並んでシリンダーが組み込まれるのを待つ。 ●シリンダーを挿入する。ノーマルに比べピストンリングテンションの高いワイセコの場合スリーブエンドのテーパー角減少もあって組み込みには気を使う。
●シリンダーに収まったピストンを上から見る。スリーブも当然打ち変えているためシリンダーデッキ上面にも面研処理が入る。 ●対策バルブガイドに打ち変えられた。
●極端なハイカムを使用しないためメンテナンス性も考えアウターシム仕様に戻される。バルブはビッグバルブを採用。スプリングもオリジナルではないがフリクションを極力押さえる仕様。 ●バルブのあたりをチェック。1000J用ピストン使用の為、燃焼室へも新たに加工が施された。結果、斜スキッシュ形状になる。
●シリンダーヘッドが載せられた。今回はウェブカムST1をチョイス。ショートストロークならではの気持ちいい高回転域とボアアップによるトルク増大が重なりかなり面白く乗り易いエンジンに仕上がるはずだ。 ●エンジン搭載時、フレームに傷を付けないよう保護材を巻く。
●搭載を待つエンジン。 ●エンジン搭載完了。
●あくまでも外観はノーマルでマフラーもノーマル。 ●低中速でのツキを考慮し、あえてCR29φをチョイス。
●IGコイルも見たところ当時のまま変えられてないようだ。抵抗値も正常な値から外れていたためこれも交換。 ●痛んでいたレギュレーターも対策品へ。これでMFタイプのバッテリーも使用可能に。
●交換された強化コイル&プラグコード。
劣化していたメインハーネスも強化品に交換。
●イグナイターユニットにはDYNA2000をチョイス。遠心ガバナ−進角から解放されより適正な点火時期設定が可能に。レブリミッタ−も内臓されているため万が一の時も安心です。
今回はエンジンを中心にキャブ、電装一式に手を入れさせてもらった。作業を進める中で我々もオーナーも驚くような事が多々あった。外観はそのままに信頼性、パワー共に新車以上の状態に底上げする事が出来たと思う。白煙や異音等に悩まされ思いきりスロットルを開ける事ができなかった過去に終わりを告げ、MKIIを平気で追い回せるような750FX1へと変貌した。

羊の皮をかぶったヤギから、これで本当の狼に復活した。
●完成!!! 当り前だが以前のような異音もなく、静々とアイドリングを打つニュ−エンジン。ノーマルマフラーから吐出される音も随分と迫力のある音に変化した。